基礎生物学研究所など、運動学習が大脳皮質深部の神経細胞活動パターンとして記憶されることを解明

運動学習は大脳皮質深部の神経細胞活動パターンとして記憶される
~大脳皮質深部の神経活動を長期間にわたって記録することに世界で初めて成功~


 自然科学研究機構基礎生物学研究所の正水芳人研究員、田中康裕研究員、松崎政紀教授らのグループは、東京大学大学院医学系研究科(喜多村和郎准教授)、玉川大学脳科学研究所(礒村宜和教授)、日本医科大学(岡田尚巳教授)との共同研究により、マウスが道具を使って運動課題を学習する過程において、2光子顕微鏡を用いたカルシウムイメージング法により大脳皮質運動野の浅層から深層(脳表から約500μm)に至るまで、延べ八千個の神経細胞の活動を2週間にわたって計測することに世界で初めて成功しました。その結果、学習期間において動物が運動課題に熟達する中期から後期にかけて、学習した運動の記憶が大脳皮質深層、特に大脳基底核へ信号を送る細胞の新たな活動パターンとして保持されることがわかりました。本研究成果は、運動学習や運動制御のメカニズムと運動疾患の病態に関する理解を深めるとともに、新しい人工知能や自律的に運動するロボットの設計に大きく貢献するものです。本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST)および文部科学省科学研究費助成事業の成果で、科学雑誌Nature Neuroscience(ネイチャーニューロサイエンス)の電子速報版に日本時間2014年6月2日に掲載されます。


<研究の背景>
 私たちは練習を繰り返すことで、自転車乗り、ピアノ演奏、水泳などの難しいスキルを上達させることができます。このような練習によって脳に蓄えられた情報は「手続き記憶」とも呼ばれます。さて練習期間中に私たちの脳内ではどのような細胞の活動変化が起こって「手続き記憶」が形作られるのでしょうか。近年、組織の中の細胞を生きたまま"見る"ことができる2光子顕微鏡が開発され、生きたマウスの脳の中にある神経細胞内のカルシウムイオン濃度を光の強度として測定することで、複数の神経細胞の活動を一度に把握するという実験が可能となりました。大脳皮質は6層構造を持ちます。これまでに、この"2光子カルシウムイメージング法"によって観察が比較的容易な大脳皮質の浅層(第2/3層)での細胞活動変化は既にいくつか報告されてきました。しかし、大脳皮質から外に信号を出力する深層の第5層の細胞活動が、道具を操作する難度の高い運動学習中にどのように変化するかを、行動変化と対応づけながら定量的かつ長期的に計測することは技術的な困難さのため全くできませんでした。


<本研究における成果>
 研究グループは、前足を使って一定時間レバーを引くと水がもらえる、というマウスにとって難度の高い運動課題を行わせて、課題実行中のマウスの運動野の神経細胞の活動を安定に記録する方法を開発し、昨年1月、その実験法を世界に先駆けて発表しました。今回はさらに、顕微鏡や実験技術を革新させることで、訓練期間2週間にわたって、課題実行中の運動野第2/3層(脳表から約200μmの深さ)の神経細胞と脳表から約500μmの深さにある第5層の神経細胞の、延べ八千個の活動を計測することに成功しました(図1)。そして、この神経細胞の活動パターンの中に、どのように「手続き記憶」が記録されていくのかを評価するために、神経細胞及びその集団の活動からレバーの動きをどの程度予測できるかを定量化し、その予測精度が訓練期間中にどのように変化するかを調べました。学習によって細胞集団の活動からのレバー予測精度が高くなれば、その分だけ細胞がレバーの動きに関する情報をたくさん持つようになったことになります。すなわち、前足を使ったレバー引き運動が細胞集団の活動パターンとして保持(記憶)されたことを意味します。予測精度の定量(予測精度情報量の算出)には、金融工学でリスク評価に使われてきたコピュラ関数という関数を利用することで初めて成功しました(図2)。
 第2/3層では、学習の2週間の期間に予測精度情報量が高くなる細胞と低くなる細胞の割合がほぼ同じ20%で、細胞集団全体の予測精度情報量はあまり変化しませんでした(図3左)。一方、第5層では予測精度情報量が低くなる細胞は殆ど存在せず、30%の細胞が予測精度情報量を高めるようになりました。そして、第5層の細胞集団全体が持つ予測精度情報量は、レバー引き運動が上達するほど高くなることがわかりました(図3右)。第5層の細胞が予測精度情報量を高め始める時期は、レバー引き運動の成功率や成功数が一定になる時期である訓練1週間後でした。この結果は、運動野第2/3層は学習期間を通して、他の脳部位からのさまざまな情報を統合してレバー引き運動を微調整しているのに対し、運動野第5層は運動学習がある程度進んだ後に、レバー引き運動を細胞活動パターンとして保持(記憶)することを強く示唆します。
 さらに、第5層の細胞活動変化が信号の出力先によって異なるか調べるために、筋肉を制御する細胞が存在する脊髄へ信号を送る神経細胞と、運動の熟練化や自動化に関わる大脳基底核へ信号を送る神経細胞を別々に標識する方法を開発しました。その結果、脊髄出力細胞に比べて大脳基底核出力細胞では、学習初期には予測精度情報量が低い細胞が学習後期により高くなることがわかりました。この結果は、大脳皮質運動野第5層が新しい記憶回路を大脳基底核と一緒に形成して、特定の筋肉の制御をより効果的に行い、運動を熟練化、自動化することを強く示唆します。
 これらの結果から、運動がある程度のレベルに達してからも、がんばって練習を続けると難しいスキルでも無意識にできるようになるのは、その運動を自動的に生み出すための新しい回路が大脳皮質深部に形成されたことによると考えられます(図4)。

 ※図1~4は添付の関連資料を参照


<今後の展望>
 本研究は、動物の運動学習の際に大脳皮質運動野において層や出力先に依存した細胞活動変化パターンを見出すことにより、大脳皮質運動野での手続き記憶の実体を細胞・回路レベルで初めて解明したものです。本研究で開発した方法をさらに発展させることで、運動学習の回路メカニズムの全容が解明されることが期待されます。また、パーキンソン病などの運動障害をもたらす神経疾患では、大脳皮質運動野と大脳基底核を含めた回路再編成に異常のあることが知られており、本研究の成果は、大脳回路活動と運動疾患の関連性を明らかにするための重要な一歩となります。さらに、層や出力先で記憶パターンが異なるという発見は、ネットワーク構造をもつ学習理論や人工知能、自律的に運動するロボットの新しい設計基盤となります。


【論文情報】
 Nature Neuroscience 2014年6月1日号電子速報版(日本時間6月2日午前2時公開)
 タイトル:Two distinct layer-specific dynamics of cortical ensembles during learning of a motor task.
 著者:Yoshito Masamizu(*),Yasuhiro R.Tanaka(*),Yasuyo H.Tanaka,Riichiro Hira,Fuki Ohkubo,Kazuo Kitamura,Yoshikazu Isomura,Takashi Okada,and Masanori Matsuzaki.(*同等貢献)


【研究グループ】
 本研究は、基礎生物学研究所光脳回路研究部門の正水芳人研究員、田中康裕研究員、松崎政紀教授らが中心となって、東京大学大学院医学系研究科(喜多村和郎准教授)、玉川大学脳科学研究所(礒村宜和教授)、日本医科大学(岡田尚巳教授)との共同研究として実施されました。


【研究サポート】
 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業CREST「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」、文部科学省科学研究費補助金、豊秋奨学会、文部科学省脳科学研究戦略推進プログラムのサポートを受けて実施されました。

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